98年にUKやNYのハードハウスを中心に選曲するDJとして蒲田 studio80から歩み始め、都内を中心に活動していたが2004年には活動を止める。 高校生の時に行った野外パーティrainbow2000のことが忘れられずにいたその後、OtOdashiのメンバーと知り合えた幸運が活動再開の転機になった。 OtOdashiでの活動初期は朝方に掛けるプログレッシブハウスを中心にセレクトしていたが、時を経てそんな要素も残しつつも仲間の影響を受けテクノやディープハウスの要素が濃くなり今のスタイルが確立した。 現在ではBreak beatsに回帰し、これまでに歩んできたスタイルとの融合の道を切り開いている。